第59話 「名簿」



「レイク・ヴュー墓地へ行きたいんです。どうやって行けばいいか教えていただけますか?」

と、英語で言ったつもりだった

「墓地...?」

えっ? といった顔で、フロントの若いホテルマンが訊き返してきた

「そう、レイク・ヴュー墓地。知ってる?」

「う〜ん...たぶん、あそこのことだと思うけど....どうやっていくの? 車かい?」

「そう、レンタカー。でも、この辺、全然知らないから、地図を書いて欲しんだけど...」

「OK ! ちょっと待ってて...」

そういって、カウンターの下にかがみこんで何かを探してくれている

 

「今、ここにいるわけです。ここ...わかりますか?」

そういって、見せてくれたのは、観光客用のシアトルマップだった

とてもわかりやすく、初めてシアトルへ来たときはずいぶん世話になった、なじみの地図だった

 

「Yes. わかるよ」

「ホテルの横のこの道、DENNY WAYを、ず〜と北上するんです。
そのまま、<I 5>を超えて、まっすぐ走っていると、だいたいそのあたりに行けます」

  I 5とは、ハイウエーの5号線のこと... かなり大雑把な説明だ

「この地図のどのあたりに墓地はあるんですか?」

「この、ず〜と上の方、この辺です」

と、地図の一番上のあたりから、さらに20センチ程上の地図の無い机の上を、彼の指はさしていた

 

「その辺まで行って、誰かに聞けばいいよ!」

彼の最後のセリフは、ごもっともだった...

「ありがとう、行ってみるよ...」

グッドラックの声を後ろに聞きながらホテルを出、駐車場へと急いだ

ダウンタウンの北へハイウエー以外で足を伸ばすのは初めてだった

方向音痴ではない自信はあった。しかし、不安の方が大きかった。
日が暮れかけている。急がなくては...

 

I 5 を超えて、BROADWAY へぶつかって、どちらへ行こうか迷ってしまった

とりあえず、曲がりやすい右へハンドルをきり、道なりにしばらく走ってみた

 

地図の番地に近づくように、ゆっくりと走らせながら.....................

<OK!だんだん近づいてくるのがわかるぞ>

でも...<もう少しだ...> と思うと、また違った番地に出くわしてしまう

もう何度も同じところを行ったり来たりしているのがわかる...

 

よし、聞いてみよう! 歩道沿いに車を止めた

「すいません。レイク・ヴュー墓地へ行きたいんですが...道を教えていただけませんか?」

楽しそうに歩道で立ち話をしていた女性2人組みに、声をかけてみた...

「墓地?」 同じようなリアクションだった...

タカシは、住所の書いてある例のメモ紙を取り出し、向かって左のちょっとだけ小太りのやさしそうなお母さんに手渡した

 

「ああ、この住所なら、この道であってますよ!
 もう少し、このまま、まっすぐ走れば、見えてきます。絶対見逃したりしませんよ!」

そう笑顔で答えながら、メモ紙を返してくれた

「どうもありがとうございました」

<よかった、だいたいの方向はあっていたのだ。日暮れまでにもう時間が無い。急ごう...>

 

帰り道では、そこからほんのすぐそこといった印象だったが、探しながらのその道は、遠く遠く感じたのだった...

<まだまだなのかな?>

不安になってきたタカシは、念のためもう一度、尋ねてみる事にした。

 

美しい緑に両側を蔽われたその道は、散歩するには格好の場所らしく、子犬を連れた老夫婦が楽しそうに歩いていた

<あの人に聞いてみよう!>

「すいません...レイク・ヴュー墓地へ行きたいんですけど...」 もう、かなり近いはずと思い、今度は、メモ紙無しで聞いてみた

 

白髪のやさしそうなおじいさんは、タカシの言葉を聞くと、大げさに目を丸くして横のおばあさんの顔を覗き込んだ...

<なんか、変な事言ったのかな...?> 不安がよぎる...

 

向き直ったおじいさんも、おばあさんも、満面の笑みを浮かべて、声をそろえて私に言った

ここですよ!

「ほら、あなたの後ろ。そこがぜ〜んぶ墓地ですよ! 事務所はほら、あそこにフェンスが見えるでしょ?あ・そ・こ!」


 

やっとついた。 すでに、午後4時をかなり回っていた...

「すいません! こんにちは! どなたかいらっしゃいませんか?」

きれいな事務所だった。日本の墓地のイメージとは全然違う。いわゆるオフィスだ...

 

「いらっしゃい。ブルースリーでしょ? ちょっと待ってください、今、地図を出しますから...」

私の顔を見るなり、突然そう言うと、なにやら探しに裏の事務所へと...

<ブルースリー...? なんじゃそりゃ?>

 

「すいません! ある日本人のお墓を探しにきたんですけど!!」 タカシは、大きい声を出していた...

「.......えっ? ブルースリーじゃ〜ない?
すいません、ほとんどの東洋の方はブルースリーの墓参りにお見えになるもので、すっかりあなたもそうかと思ってしまいました。大変失礼しました。アシスタントマネージャーの、ジェームスです」

大柄でやさしそうな笑顔のジェームスさんが、名刺を渡しながら言い訳をした...

ここの墓地は、ブルースリーが眠ることで有名な墓地であることを、そのとき初めて知ったのだった

 

「鄭永慶という人のお墓を探しています。亡くなったのは1895年7月です。でも、西村鶴吉という名前かもしれません」

そういって、名前のスペルと年号を書いたメモを渡した

Tei Eikei  or Turukichi Nishimura

 1895 July 17

 

そのメモを見ると、すぐにジェームズさんはこう言った

「古いですね! かなり古い時代ですので、昔の資料を持ってきます。少々お待ちください」

 

かなり待った気がした...

やっと姿をあらわしてくれたジェームズさんの手には、大きなアルバムのような資料が...

「これが一番古い資料です。そして、手書きで複写した少し新しい資料と...」

そう言って、カウンターの上に広げてくれた。

 

「ありましたよ! ここです!」

そういって、ページを開いて見せてくれた...

「ここです!ほらっ」

広げたページの真中あたり....

古い資料にもはっきりと Nishimura T の文字が...

「あった! 年代も1895年7月! 間違いない」

<とうとう見つけた>


「お墓はありますか?」

「お墓の位置を示す一番古い資料を探しました。ほらっ、名前が確認できますね!?」

そう言って見せてくれた資料はぼろぼろで、やっと名前が確認できるほどのものだった...

たしかに当時、この3の7の区画に、墓石があったことの証明だという...

「この年代のお墓は、平らな石の墓石で、古いものの中には残っていないものもありますから...まあ、行って見ましょう!」

そう言って彼は私に墓地の地図を渡してくれた

「だいたいこのあたり、そう、この辺は番地もついていない場所なんです...
場所を示す古い資料に、名前がありましたので、あるとは思いますが...」

一目見て、如何に広いかがうかがえる墓地の地図であった

その地図の中央あたりに黄色いマーカーで印をつけて、説明してくれた

<いよいよだ! 見つかる可能性は高い!>

期待に胸を膨らませ、ジェームズさんの車の後について、タカシは車を墓地の敷地内へと進めた.......

 


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目次

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とうとう、ここまで来てしまった

執念にも似た想いで、辿ってきた

ジェームスの車の後ろを見ながら、一人感慨にふけるタカシであった

夕日の中に立つジェームスの黒い影が、手招きでタカシを呼んでいる

あったのか?