第56話 「喫茶 ナ ポ リ 」
初めて入った喫茶店「サロニカ」で、私がこうして話し始めるまでには、いすに腰掛けてからおよそ20分ほどが過ぎていた.. 楽しそうに語らう常連客と店主の会話を、聞くとはなしに聞きながら、初めて入ったこの店の印象などを走り書きしていた 話の腰を折ることに気が引けて、遠慮しながら待っていたのだった
「すいませんねぇ...大きな声でおしゃべりしてばかりで...お仕事の邪魔だったでしょ?」 そんな店主からの言葉がきっかけとなって、私の番が回ってきたのだった 「倉敷の珈琲の歴史といっても、それだけじゃーなくて、世界ではじめて珈琲が発見されてから倉敷にたどり着くまでの道のりを旅しながら歴史を探訪してるんです。でもって、それをホームページに掲載してるんです。」
そんな風に話し始めた私は、誠に大雑把ながら面白そうなエピソードをかいつまんで、今までに書いてきたことをお話したのだった。
「面白いことをしてる人がおるもんじゃねぇ〜」 と、常連さん 「でもマスヤなんてお店のことは知りませんねぇ〜」と店主 そうしていると、新たな客が入ってきた。 どうやら、この人も常連さんらしい。 最初からいた常連さんが「この人、倉敷の珈琲の歴史を尋ねて...........」と、一通りの説明をしてくれる 「へえー、それじゃったら***のおばあちゃんなんかが知っとるかもわからんなー?」 「ちょっと、電話してみるわ!」と、店主 そうしていると、またまた常連さんの登場となり、「この人面白いことやってるんよ...」と、またまた私の紹介が始まった。 いつのまにかお店のカウンターには常連さんが集まり、倉敷珈琲物語談義が花盛り みなさん初めて会った方ばかりなのに、気さくに話し掛けてくださる。 話してるうちに、話があちこちへと飛び回り、カウンターの皆さんの素性も知れてきた 輸入雑貨屋さんの店主、画家、デザイナー、陶芸家、などなどなどなど.....
なんだろう? この心地良さは? 久しく忘れていたような? 私の頭の中には、ヨーロッパで花開いた「コーヒーハウス」の文化がよみがえっていた
まさに、コーヒーハウスだ! 同じ価値観を持つ人々が自然と集う。情報を楽しく共有しながら、お互いに刺激しあう。珈琲を媒体として..... そんな雰囲気にここサロニカはあふれていた
「あらっ! お久しぶり...」 店主のそんな言葉に迎えられた男性が、カウンターに... 「お元気?」 と、他の客 久しぶりに訪れたこの客は、有名なカレー屋さんのご主人だった。
この方にも一通り今まで進展のあった倉敷の珈琲の話題が紹介された.. 「僕なんかがよく行っとたんは、ナポリじゃったな〜...。もう、なくなったけどな〜」 と、カレー屋さんの言葉。 「そうそう、ナポリ! 私もよく行ったわ!」 「うん、あそこが一番古いんじゃ〜ねえ〜かな〜?」
「どこにあったんですか?」 「駅前の、狭い路地よ。ふるいちのあんこやを商店街に入る狭い道があろう...? 今はパチンコやかな〜?」 「そうそう、あったあった。 昔喫茶店いうたらナポリじゃったよな〜! 高校のころからよう行ったもんじゃ」 「そりゃ〜うちなんかより、ず〜と古い喫茶店よ! それより昔からある喫茶店を知ってる人はほとんどいないでしょう〜?」
なんと珈琲好きの皆さんの記憶にはっきりと残る「喫茶ナポリ」! どんな店だったのだろう? どうやら倉敷でのエポックメイキング的な喫茶店はこの「喫茶ナポリ」のようである。 その後も様々な珈琲談義が続いた。 もっといたい気持ちを押さえ、もう一度訪ねることを確信しながら店を後にした。 私がお世話になっているある会社の社長さんのお父様が、かなり高齢にもかかわらず矍鑠としていらっしゃったのを思い出し、ぜひマスヤやナポリのことを聞いてみたいと、訪ねてみた。 「マスヤ...? 知らん」 この一言で終わった。 しかし、ナポリに関しては違っていた。 訪ねた社長さんの知り合いに、ナポリのオーナーの方を知っている方がいらっしゃったのだ! あまりの偶然に驚いた。 無理を承知で、知り合いの方に電話を入れていただき、何でも良いから「喫茶ナポリ」に関する情報提供をお願いしてみた。
数日後、電話が鳴った。 「写真を持ってきてくださったよ!」社長さんからのうれしい電話だった。 さっそくその写真を受け取りに......
なんと、モダンな! 今でも十分通用する....というか、こんな店があっても楽しそう... その写真に記載されている数字は、当時の年号だろうか...? 昭和15年1月20日。 まさしく今までに見つけた最も古い倉敷の喫茶店ズバリの写真であった。
「やっとみつけた!」 大げさではなく、手が震え、感動した。 そのセピア色の写真を何度も何度も見返し、私は余韻を楽しんだ.........
喫茶ナポリ
昭和初期の倉敷で、多くの人々に愛された喫茶ナポリ 珈琲が庶民に浸透していき、そこに集う人々が新たな文化を形作ったことだろう この写真を見て、その当時の思い出をぜひ若い人に伝えて欲しい! こんな大切な歴史を途絶えさせることが無いように.....
|
写真を提供いただきましたことに心より感謝申し上げます
また、この結果に到達するまでに多くの方々のご協力をいただきました
この場をお借りして厚く御礼申し上げます
もし、ナポリよりも古い喫茶店の情報をお持ちの方が
いらっしゃいましたらぜひ、ご一報をお願いいたします